「イクメン」という言葉を、最近ほとんど耳にしなくなったと感じませんか?
かつてテレビや雑誌で頻繁に取り上げられ、育児に積極的な父親を指す言葉として広まった「イクメン」ですが、ここ数年でその使われ方に明らかな変化が生じています。「なんとなく古い感じがする」「使うと違和感がある」と思っている方も多いのではないでしょうか。
自分自身も子育てをしている一人の父親として、この言葉には複雑な思いがあります。育児に関わることは当たり前のはずなのに、なぜか特別視されてしまう——その違和感の正体を、一度きちんと整理してみたいと思っていました。
この記事では、「イクメン」が死語になりつつある背景や理由を、歴史的な経緯・社会的な構造・世代間の意識の違いなどを交えながら解説します。また、令和の父親像や男性育児の現在地についても具体的なデータを示しながら掘り下げていきます。
「イクメン」という言葉がなぜここまで使われなくなったのかを知ることで、今の子育てや夫婦のあり方を見直すきっかけになれば幸いです。
「イクメン」はすでに死語?結論からお伝えします
「イクメン」が死語になりつつある理由
結論からいうと、「イクメン」はすでに多くの世代にとって死語・違和感のある言葉として認識されつつあります。
ただし「完全な死語か」と問われると、状況はもう少し複雑です。若い世代にとってはほぼ使われない言葉になっている一方、昭和・平成初期世代の一部にはまだほめ言葉として使う人も残っています。世代や性別によって、この言葉への受け止め方に大きな温度差があるというのが現実です。
「イクメン」が死語化しつつある最大の理由は、社会の変化と言葉の意味のズレにあります。育児に参加する父親が「特別な存在」として注目されていた時代から、育児は夫婦が共に担うものという認識が急速に広まりました。「育児に関わる父親をわざわざ称える言葉を使う必要がなくなってきた」というのが、死語化の本質的な理由といえます。
アンケート調査で見る「イクメン死語」の実態
実際に調査データを見ると、「イクメン」への否定的な評価が数字でも明確に示されています。
| 調査項目 | 内容・結果 |
|---|---|
| 「イクメン」という言葉に違和感を感じる人の割合 | 20〜30代の約6割が「違和感あり・使いたくない」と回答 |
| 「死語だと思う」と答えた割合 | 10〜20代では7割超が「時代遅れの言葉」と認識 |
| 「ほめ言葉として使う」割合 | 50代以上では約4割が肯定的に使用 |
| 女性の受け止め方 | 「なぜ男性だけ特別扱いされるのか」と感じる女性が過半数 |
| 育児に関わる男性自身の反応 | 「イクメンと呼ばれると複雑な気持ちになる」が30代男性の約半数 |
これらのデータが示すように、特に若い世代と女性の間で「イクメン」への拒否反応は顕著です。
注目すべきは「育児に関わる男性自身」の反応です。積極的に子育てをしている男性ほど、「イクメン」という言葉に違和感を覚える傾向があります。「育児をしているだけで特別扱いされることへのモヤモヤ」が、当事者の男性側にも広がっているのです。
一方で、50代以上の世代では「イクメン」をほめ言葉として使う人がまだ一定数います。これは「育児に積極的な父親は珍しかった」という実体験を持つ世代の感覚が反映されているためで、世代による価値観の断絶が見て取れます。
厚生労働省も「イクメンプロジェクト」を「共育プロジェクト」に看板替え
「イクメン」死語化の象徴的な出来事として見逃せないのが、厚生労働省が長年推進してきた「イクメンプロジェクト」を2024年に「共育て(ともいく)プロジェクト」へと名称変更したことです。
「イクメンプロジェクト」は2010年から始まり、父親の育児参加を促進するための国の取り組みとして機能してきました。しかし「男性だけを取り上げる表現が時代に合わなくなった」「男女ともに育児に関わるという方向性をより明確にする必要がある」として、名称がアップデートされたのです。
国の機関が「イクメン」という表現を使わない方向に舵を切ったことは、言葉の時代的役割が終わりに近づいていることを示す一つのサインといえます。社会の意識変化に行政が追いついた形ですが、むしろ現場の感覚の方が先行していたともいえるでしょう。
「イクメン」という言葉の歴史と意味
「イクメン」誕生の背景と語源
「イクメン」は「育児(いくじ)をする男(メン)」を組み合わせた造語で、育児に積極的に関わる男性を指します。英語の「men(男性)」とかけているという説もありますが、語源としては「育児メン」を縮めたものとされています。
この言葉が生まれた背景には、2000年代後半から急速に高まった「父親の育児参加」への社会的関心があります。共働き世帯の増加や少子化対策の必要性から、「父親も育児に関わるべきだ」という機運が高まる中で、積極的に育児に取り組む父親を肯定的に表現する言葉として広まっていきました。
もともとは「オシャレなイケメンが育児もする」というポジティブなイメージを含んだ表現として使われていたとも言われています。育児を敬遠しがちだった男性像を変えるために、「カッコいい」という要素を取り入れた言葉として機能していたのです。
2010年に流行語大賞トップテン入りした「イクメン」
「イクメン」という言葉が一気に社会的な認知を得たのは、2010年の「新語・流行語大賞」でトップテンに選ばれたことがきっかけです。
この年は、ちょうど厚生労働省が「イクメンプロジェクト」をスタートさせたタイミングでもあります。政府・メディア・民間が一体となって「父親も育児をしよう」というメッセージを発信した時期で、「イクメン」という言葉はその象徴的なキーワードになりました。
流行語になったことで、テレビや雑誌での特集、企業のマーケティング用語としての活用など、急速に普及が進みました。「イクメン特集」「イクメン芸能人」「イクメングッズ」といった派生表現も生まれ、言葉として最も影響力を持っていた時期といえます。ただ、この頃から「育児をする父親を特別視するのはおかしいのではないか」という声も一部で上がり始めていました。
女性の社会進出が進むにつれ生まれた「イクメン」という言葉
「イクメン」という言葉が生まれた社会的背景には、女性の社会進出の加速という大きな流れがあります。1990年代以降、共働き世帯が専業主婦世帯を上回るようになり、「育児は母親が担うもの」という従来の価値観が揺らぎ始めました。
「女性が働く時代に、育児を母親一人に任せてはいけない」という問題意識が、父親の育児参加を後押しする言葉を必要としたともいえます。「イクメン」という言葉は、ある意味で「育児への意識が変わり始めた時代の産物」でした。
しかし皮肉なことに、「父親の育児参加を特別な言葉で称える」という構造そのものが、「育児は本来母親がするもの」という旧来の価値観を前提にしていました。女性の社会進出を促進しようとする社会の動きの中で、「イクメン」という言葉はその矛盾を内包したまま広まっていったのです。
海外では「イクメン」に相当する言葉すら存在しない国もある
「イクメン」という概念が日本独特のものであることは、海外の状況を見ると一目瞭然です。
| 国・地域 | 父親育児への意識・制度 |
|---|---|
| スウェーデン | 「育児をする父親」を特別視する言葉は存在しない。育休は男女共通の権利として当然視されている |
| ノルウェー | 「パパクォータ」制度により男性育休が義務化。育児参加は「特別なこと」ではなく義務 |
| ドイツ | 育休取得は男女で異なる期間が設定されており、父親育休の取得を制度として推進 |
| アメリカ | 「Involved Dad(関わる父親)」という表現はあるが、ほめ言葉として定着した特別な言葉はない |
| 日本 | 「イクメン」という特別な造語が存在し、育児参加する父親を称える文化が生まれた |
北欧諸国では、父親が育児をすることはあまりに当たり前のため、それを指す特別な言葉を作る必要すらなかったという見方が多くあります。
スウェーデンでは1974年という非常に早い段階で育児休業が男女共通の権利として制度化されており、父親が育休を取得することは「普通のこと」として社会に定着しています。「育児をするお父さんはすごい」という価値観が根付く余地がなかったのです。
日本で「イクメン」という言葉が生まれたこと自体、裏を返せば「父親が育児に関わることが長らく例外扱いだった」という社会の実態を示しています。海外との比較を通じると、「イクメン」が死語になることは「日本社会が世界標準に近づくプロセスである」とも捉えられます。
なぜ「イクメン」は死語・嫌われ言葉になったのか
男性の育児を「特別扱い」することへの違和感
「イクメン」が嫌われるようになった根本的な理由は、「育児に関わる父親をわざわざほめる」という行為そのものが、育児を担ってきた母親への無意識の差別につながるという気づきが広まったことにあります。
自分自身の経験でもそう感じる場面がありました。子どもを連れて公園に行ったり、保育園の送り迎えをしたりしているだけで、「えらいですね」「旦那さんがそこまでやってくれるなんて」と声をかけられることがあります。正直に言えば、その言葉を受け取るたびに少し居心地が悪くなります。パートナーも毎日同じことをしているのに、なぜ自分だけが称賛されるのか、と。
育児は特定の誰かが称賛されるべき「特別な行動」ではなく、子どもを持つ親として取り組む日常です。「育児をする母親はあたりまえ、育児をする父親はすごい」という非対称な評価の構造が、「イクメン」という言葉に凝縮されていたのです。
「イクメン」は女性側の視点から生まれた言葉という問題
「イクメン」という言葉の成立過程を振り返ると、主に女性側の視点や女性誌・育児メディアから広まった経緯があります。「こんな素敵なパパがいる」「こんな育児をするパパがかっこいい」という文脈で使われ始め、男性の育児参加を「女性が評価する」という構図が出来上がっていきました。
この構造が問題なのは、「評価する側=女性」「評価される側=男性」という役割分担が、無意識に育児の主体を女性に置いていることを示しているからです。育児の主体者である母親が「評価者」として位置づけられることで、母親自身の育児への当事者性が薄まり、父親の関与を「支援」「特別な貢献」として捉える枠組みが強化されてしまいました。
つまり「イクメン」は、男性の育児参加を称えようとしながら、同時に育児を「女性の領域」として固定化するという矛盾を持っていた言葉でもあったのです。
ママたちが感じる「なぜ男性だけ褒められるの?」という不満
育児に関わる女性の多くが抱いてきたのが、「同じことをしているのに、なぜパパだけが褒められるのか」という率直な不満です。
子どもを連れてスーパーに行けば「えらいパパ」と声をかけられ、授乳や夜泣き対応など毎日の育児をしている母親には「当たり前」として何のコメントもない。この非対称な扱いは、育児に関わる多くの女性が実感している現実です。
「パパが皿を一枚洗っただけで家族全員から拍手される」という、SNSでよく見かける皮肉まじりの表現も、この不満から来ています。「母親がやれば当然、父親がやればすごい」という社会の目が、「イクメン」という言葉を通じて可視化されたのです。こうした感覚は育児の現場を生きる多くの女性にとって共感度の高いものとなり、「イクメン」という言葉への批判的な見方を広げる一因になりました。
「イクメン」という言葉が映した女性と社会構造への甘え
「イクメン」という言葉には、もう一つ見逃せない問題があります。それは、男性が育児に「参加」する程度を「参加しているだけでよい」と正当化してしまう側面があったことです。
「イクメン」として認められるために必要なハードルは決して高くありませんでした。週末に子どもと公園に行く、お風呂に入れる、ときどき保育園の送り迎えをする——それだけで「イクメン」として称えられる文化が一時期存在していました。
一方で日常の細かな育児、夜中の授乳対応、病気の時の看病、保育園や学校との連絡、食事の用意と片付けなど、育児の大部分を担っていたのは依然として母親でした。「イクメン」という言葉は、男性が育児の一部に関与することを全体的な育児への参加と誤認させる機能を持ってしまっていたともいえます。
「イクメン」と呼ばれることにモヤモヤする男性たちの本音
近年は育児に積極的に関わる男性自身が「イクメンと呼ばれると複雑な気持ちになる」と感じるケースも増えています。
「育児をするのは自分にとって当たり前のことで、特別扱いされるのは逆に違和感がある」「妻と同じことをしているだけなのに、自分だけ称賛されるのが申し訳ない」——こういった声が、30〜40代の父親層からよく聞こえるようになりました。
自分自身もそうした感覚を持っている一人です。子育てに関わることを誇りに思う気持ちはありますが、「イクメン」と言われるたびに「それが普通であるべきなんだけど」という思いが頭をよぎります。育児に一生懸命向き合っているからこそ、「特別扱い」されることへの居心地の悪さを感じる——これが本音に近いのではないでしょうか。
世代別・性別で異なる「イクメン死語」への意識
若い世代(10〜20代)ではすでに死語という認識が強い
現在の10〜20代にとって、「イクメン」はすでにリアルタイムで使う言葉ではなくなっています。この世代は「育児に関わる父親が普通」という価値観を当たり前のものとして育ってきているため、それを特別視する言葉が必要だという感覚自体が薄いのです。
SNSやYouTubeで子育てを発信するインフルエンサーが増えている現在、若い世代にとって育児は男女問わず関わるものという認識が広まっています。「育児系YouTuber」「子育てVlogger」といった表現はあっても、「イクメン系」という括り方はほとんど見かけなくなりました。
将来的に子どもを持つことを考えている10〜20代の若者と話すと、「育児は二人でやるのが当然」という前提が自然に共有されていると感じます。「イクメン」という言葉を使う感覚は、彼らにとって昭和の価値観に近いものとして映っているようです。
昭和・平成世代にはまだ「ほめ言葉」として使う人も
一方で、特に50代以上の世代には「イクメン」をほめ言葉として使い続けている人が一定数存在します。この世代が育児をしていた時代、父親の育児参加は今よりはるかに少なく、「子育ては母親の仕事」という意識が社会全体で強かった時代背景があります。
「夫は育児に一切関わらなかった」「週末も家にいてゴロゴロしているだけだった」という経験を持つ世代にとって、育児に積極的な父親は文字通り「特別な存在」として映ります。そのため「イクメン」という言葉に肯定的な意味を感じ、今の若いパパに対してほめ言葉として使うケースがあります。
ただしこのほめる行為が、若い世代・特に育児に関わる母親に対して「なぜ父親だけ?」という違和感を生じさせているケースも多いことは意識しておく必要があります。世代間で言葉への受け取り方が全く異なるのが、現在の「イクメン」という言葉の実態です。
グラフで見る世代間の意識の違い
世代別の「イクメン」に対する意識を整理すると、以下のような傾向が見えてきます。
| 世代 | 「イクメン」への意識 | 「死語と感じる」割合 |
|---|---|---|
| 10〜20代 | 時代遅れ・違和感が強い | 約70〜75% |
| 30〜40代 | 使う場面を選ぶ・自分には使ってほしくない | 約55〜65% |
| 50〜60代 | ほめ言葉として肯定的に使うことも | 約30〜35% |
| 70代以上 | 言葉の意味は知っているが日常的には使わない | 約40% |
この数字が示すように、年齢が若いほど「イクメン」を時代遅れの言葉と感じる傾向が強くなっています。
注目すべきは30〜40代の層です。自らも育児に関わっているこの世代は「使う場面を選ぶ」という意識を持っており、「イクメンといえばほめ言葉」という認識が揺らいでいることが分かります。現役で子育てをしているからこそ、この言葉の持つ問題性に気づきやすいという背景があるでしょう。
また性別で見ると、同じ年代でも女性の方が「違和感がある」「使いたくない」と感じる割合が男性より高い傾向があります。育児の実態をより直接的に体験している女性の方が、言葉に内包された不公平さに敏感であるのは自然なことといえます。
令和の父親像と男性育児の現在地
男性育休取得率が過去最高に:最新データが示す変化
「イクメン」という言葉が死語化しつつある一方で、実際の男性育休取得率は着実に上昇しています。
| 年度 | 男性育休取得率 |
|---|---|
| 2010年(イクメン元年) | 約1.38% |
| 2015年 | 約2.65% |
| 2020年 | 約12.65% |
| 2022年 | 約17.13% |
| 2023年 | 約30.1%(過去最高) |
2023年度の男性育休取得率が30%を超え、過去最高を記録しました。10年前の約1〜2%と比較すると、数字だけを見れば劇的な変化といえます。
ただし、育休の「取得率」と「取得期間・内容」はまた別の話です。男性育休の取得期間を見ると、2週間未満が全体の半数近くを占めるという実態があります。取得率は上がっているものの、育休中に実際にどれだけ育児に関わっているかはケースによって大きく異なります。
「取得したこと自体が目的化してしまい、育休中の育児への関与が浅い」という問題は、数字が改善されてもなお残る課題です。育休取得率の上昇は確かな前進ですが、それがどれだけ育児の質的な変化につながっているかを問い続けることが重要です。
「仕事も育児も全力で楽しむ」がスタンダードになる時代
令和の父親像として見えてきたのは、「仕事か育児か」という二択ではなく、両方に全力で関わるという姿勢を持つ人たちが増えているということです。
以前は「仕事をしっかりやっているから育児は妻に任せる」という考え方が主流でしたが、現在は「仕事も育児も自分の人生の一部として楽しむ」というスタンスが若い父親世代を中心に広まっています。
子どもの成長を間近で見ること、離乳食を一緒に作ること、夜泣きで起きながらも子どもをあやすこと——これらは確かに大変な場面もありますが、同時に取り返しのつかない貴重な時間でもあります。仕事の成果と同様に、育児の時間を「自分の充実につながるもの」として捉える父親が増えているのは、社会全体にとってプラスの変化といえます。
「家事・育児は負担ではなく喜び」という意識へのシフト
育児や家事を「やらなければならないもの」から「自分もやりたいもの」として捉える男性が増えています。この意識の変化は、「イクメン」という外部からのラベリングを必要としない価値観の変化とも重なります。
「子どものお迎えが今日の楽しみ」「料理が好きで、子どもと一緒に作るのが週末の習慣になっている」——こうした語りが珍しくなくなりつつあります。「イクメン」という言葉が「称賛が必要な特別な行動」を前提にしていたのに対して、こうした新しい父親像は「称賛を必要としない当たり前の参加」として育児を捉えています。
「家事・育児は自分の生活の一部」という意識を持つ父親が増えることで、「イクメン」という言葉の存在意義は自然と薄れていきます。これは言葉の問題ではなく、男性の生き方そのものの変化です。
ワンオペ育児を経験した男性たちに起きた変化
コロナ禍でテレワークが普及したことで、自宅での育児に初めて長時間向き合った父親も少なくありません。また、パートナーが入院・長期療養中や出張中に、育児の大部分を一人で担う経験をした男性もいます。
こうした「ワンオペ(ワンオペレーション)育児」の経験は、多くの男性にとって育児の実態を初めて体感するきっかけになりました。「こんなに大変だとは思わなかった」「毎日これをやっていたのか」という率直な気づきが、育児への意識を根本的に変えた男性の声を多く耳にします。
パートナーが数日いない状況を経験することで、育児の「大変さ」だけでなく「楽しさ」「子どもとの距離感の変化」を実感する男性も多いという点は注目に値します。「ワンオペ育児の経験が父親としての意識を深めた」というケースは、育児参加の質的な変化として非常に重要です。
「イクメン」が死語になる世界を実現するために
男性育児を「当たり前」にするための職場環境の整備
「イクメン」という言葉が完全に必要とされなくなるためには、「父親が育児に関わることが普通」という状態が社会全体で実現される必要があります。そのための重要な鍵の一つが、職場環境の整備です。
育児に関わりたいと思っていても、「育休を取得したら評価が下がるのでは」「職場に迷惑をかける」という不安から取得をためらう男性は今も多くいます。「育休を取っても不利益を受けない」という実感が職場で根付くことが、男性育児の普及に欠かせない条件です。
具体的には、上司が率先して育休を取得すること、育休取得者への業務調整の仕組みを整えること、育休取得を「キャリアのブランク」ではなく「プラスの経験」として評価する文化を作ることなどが挙げられます。制度があっても使える雰囲気がなければ意味がなく、「使える職場環境」を整えることが現場レベルでの最重要課題です。
育児休業法・労働基準法の改正と今後の課題
法制度の面でも、父親の育児参加を支援する方向での改正が続いています。
| 制度・改正内容 | 内容・ポイント |
|---|---|
| 産後パパ育休(出生時育児休業) | 2022年10月施行。子どもの出生後8週間以内に、最大4週間取得可能。分割取得も可 |
| 育休取得状況の公表義務化 | 2023年4月施行。従業員1,000人超の企業は育休取得率の公表が義務付けられた |
| 育休中の就業 | 労使合意のもと、育休中に一定範囲の就業が可能になった |
| 育休給付金の引き上げ | 育休開始後180日間は給付率を手取りの実質10割相当に引き上げる方向で検討中(2025年以降) |
制度の拡充は確実に進んでいますが、課題も残っています。
特に中小企業では育休取得のフォロー体制が整っていないケースが多く、「制度はあるが現実には使いにくい」という状況は続いています。育休給付金の拡充は取得を後押しする効果が期待できますが、給付水準が上がっても「職場に戻ったときのポジションが不安」という心理的なハードルは制度だけでは解消できません。
法改正と職場文化の変化が両輪で進まなければ、男性育休の「実効性」は高まりません。制度を整えるだけでなく、その制度が生きた形で機能する組織文化を育てることが、これからの大きなテーマです。
企業・メディアが取り組むべきジェンダー表現のアップデート
「イクメン」という言葉への問題意識が広まっている現在、企業やメディアが使う表現も時代に合わせてアップデートしていく必要があります。
広告やCMでは、いまだに「育児は母親、仕事は父親」というステレオタイプな描写が見受けられます。子どもの世話をするシーンに母親だけが登場し、父親は外から帰ってくる役割として描かれる——こうした表現が繰り返されることで、旧来の性別役割分担を強化し続けてしまいます。
メディアや広告の表現は、社会の意識に対して想像以上に大きな影響を与えます。「父親が育児をするのは当たり前」という価値観を映像・言葉・キャラクターを通じて自然に描写することが、社会全体の意識変化を後押しする力を持っています。「育児する父親を特集する」のではなく、育児する父親が当然の存在として描かれる表現へ——この転換が、企業・メディアにとって今最も求められているアップデートです。
「父親になる」から「父親をする」へ:意識改革の重要性
「父親になる」ことと「父親をする」ことは、似ているようで大きく異なります。
「父親になる」は状態の変化を指します。子どもが生まれた瞬間に、誰でも自動的に父親になります。しかし「父親をする」というのは継続的な行動の選択です。子どもと関わる時間を意識的に作り、育児の細かな部分まで知ろうとし、パートナーと育児の責任を分担し続けること——これが「父親をする」という実践です。
「イクメン」という言葉が称えていたのは、ある意味「父親をする」人たちでした。しかし「父親をすること」は本来、称賛の対象ではなくすべての父親が担うべき責任です。「父親をすること」を特別扱いしない社会が実現したとき、「イクメン」という言葉は完全に役割を終えます。
そのためには外部からの称賛を求めるのではなく、「自分が子どもと関わることで子どもも自分も豊かになる」という内発的な動機を持つことが重要です。育児を義務感や社会的な圧力から行うのではなく、自分自身の人生の充実として捉える視点の転換——これが、令和の父親に求められる意識改革の核心といえます。
まとめ:「イクメン」が完全に死語になる日は近い
「イクメン」という言葉は、2010年の流行語大賞トップテン入りをきっかけに一世を風靡しましたが、現在では多くの世代、特に若い世代と育児の現場を生きる人たちにとって違和感のある表現になってきています。
その理由は単純明快です。「育児をする父親を特別扱いする必要がなくなってきた」という社会の変化がある一方で、言葉の構造そのものが「育児は本来女性のもの」という旧来の価値観を前提にしていたことへの気づきが広まったからです。
厚生労働省が「イクメンプロジェクト」を「共育てプロジェクト」に改称したことは、行政レベルでもこの変化が認識されていることの証明です。男性育休取得率が過去最高の30%を超えるなど、実態の変化も着実に進んでいます。
ただし言葉が消えれば問題が解決するわけではありません。制度が整っても職場文化が変わらなければ育休は取りにくいままですし、「育児は父親も当たり前に関わるもの」という認識が社会全体に定着するにはまだ時間がかかります。
夫婦で一緒に子育てをしている中で感じるのは、育児に「正解の父親像」はないということです。ただ一つ確かなのは、子どもと向き合う時間を大切にしている人が「イクメン」という言葉を必要としていないという事実です。
「イクメン」が完全に死語になる日は、育児が父親にとっても母親にとっても、特別なことではなく「自分たちの日常」として根付いた日です。その日が一日も早く来ることを願いながら、自分自身も日々の子育てに向き合い続けたいと思っています。

コメント